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残虐性のスケール。その意味では、ISISはナチスよりひどい。


全文表示 | おりに閉じ込め、外から火をつける ヨルダン人パイロットの非道「焼殺」動画 : J-CASTニュース

ヨルダン国民の大半がイスラム教徒で、イスラム教では火葬は禁忌だとみなされることが多いとされる。こういった殺害方法をとることで、残虐さを強調する狙いがあるとみられる。

 

ISIS

遺体を焼くというのはイスラーム教徒にとって「死後の終末の日での復活を許さない」という倫理的にも過酷な仕打ちなのだそうだ。今朝、池内恵さんがつぶやいていた。
見た目の残忍性だけでもかつてないほど衝撃的だったが、この事実を知ったとき身震いした。無宗教の自分からは「どう殺すか」ばかりが目に付くが、宗教的世界観の中に生きる人たちは「いつまでどう殺し続けるか」というさらにスケールの大きい残虐性がありえる。

 

ナチス

今朝このニュースを見たときに、アウシュヴィッツ強制収容所を思い出した。この間もNHKアーカイブスで放送されていた『死の国の旋律 アウシュビッツと音楽家たち』でも描かれていたアウシュヴィッツの囚人オーケストラの話だ。ドキュメンタリーの内容は、この囚人オーケストラでバイオリン奏者として任務を行っていたゾフィアという80歳の老女が、始めてその一部始終を語るというものだった。

ナチスが彼女らに与えたミッションは、ときには炎を上げる焼却炉の横で、彼らがガス室に向かう道ばたで、またあるときには衰弱した女性達がガス室での処刑を待つ死のブロック内で、同胞へむけて「勇壮な行進曲」や「陽気な音楽」を演奏する、という過酷なものだった。それは、収容所の仲間をもてあそぶような耐えがたいものだった。

 


ラデツキー行進曲 ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート - YouTube

 


【70年前の大惨劇】アウシュヴィッツ強制収容所の写真 - YouTube

 

囚人オーケストラはアウシュヴィッツに限らず、さまざまな収容所で囚人に苦痛を与える手段として、ナチスによって戦略的に使われていた。囚人たちの悲惨極まりない状況を卑劣にあざ笑うように、痛烈なタイミングで、陽気で勇壮で賑やかな音楽ばかりが選ばれ演奏された。ナチスは彼らに、肉体的な苦痛や死を与えるだけでなく、綿密に考え戦略的に死の直前まで精神的苦痛をも与え続けた。同じく、そんな仕打ちに加担させるという方法で、囚人オーケストラのユダヤ人達にも死ぬ間際まで忘れることの出来ない深い心の傷を与えた。

 

ゾフィアは自分を責め続け、音楽を聴くこともままならなくなった。60年後、余命いくばくかの老年に、ようやく少しずつ大好きだった音楽が聴けるようにはなったが、それでも当時演奏した曲を聴くといまでもどうなるかわからない、と言っていた。

 

ふり返れば、つらく苦しい体験ばかりでしたけれど、それは私に、人生や人間、そして世界を深く見る力を与えてくれました。アウシュヴィッツは今も叫び続けています。“人間よ、考えるのだ”と。(ゾフィア

 

残虐性のスケールの違い

しかしそれでも、ナチスの鬼畜的行為はこの世に閉じている。生まれてから死ぬまでである。

けれど、ISISは、生まれてから死んだあとまで殺そうとする。さらに「ヨルダン人パイロットは空爆で多くのムスリムを焼き殺した(≒ 死後も殺した)。これはその報復でしかない。」という彼らの言い分を聞くと、もはや自分とは圧倒的に異なるスケールのなかに生きているのだなあということを改めて実感させられた。

 

死後も殺す。肉体だけでなく、魂までもを滅ぼす。

 

ゾフィアの一生をかけた言葉をかき消してしまいそうなほど、とてつもなく強い言葉だ。強い言葉は、キャッチーでわかりやすく極端だ。そしてそれを拒否しつづけることが出来るのが、ゾフィアの言う「考える人間」なのだろう。

 

生まれる前から死んだ後まで殺そうとするのは、このパターン以外に「呪い」くらいしか存在してないだろうな。

 

この話もとても心に残ったのでメモ。


悪質なデマの可能性が高い 「後藤さんのまばたきはモールス信号」 WEDGE Infinity(ウェッジ)